オナニーのような文章

メンドクサイことはやりたくないし考えたくもないからどんどん先延ばしになって一向に着手できないしそれほどメンドクサクないことはまだ先延ばしにしても大丈夫だとか油断してしまってこれはこれで一向に着手しないという…

それで結局ずーっとなにもしない。

まあそんなことはどうでもよくって、いやどうでもよくはないか、まあでも今日のブログを書かないといけない。ちなみに上の文章はいまツイッターにも書いた。Twitterをしながらこのブログを書いている。まあどうでもいいか。

今日は12時ごろに起きた。オナニーをしようかしばらく悩んだが飯が食えなさそうだったのでオナニーをせずに下に降りた。強迫観念が湧いてきた。オナニーをしないことで不吉な気分が湧いてきたのだ。オナニーをしないことで不幸になるという感覚がある。多分これは認知の歪みなんだろうがなぎ払うのは困難。しかしオナニーをすると飯を食う必要がある。起床オナニーをしたのに起床後に飯を食わないと体調が悪くなるし禿る気がする。だから俺はオナニーをしないという選択をした。つまり自分で選んだ。責任は俺にある。しかし父親が台所に居座っていやがることに腹が立つ。何時間も居やがって。早朝からずっといやがる。まあでも仕方がない。この程度のことで腹が立っている俺がオカシイ。そもそもオナニーをしないと不吉だの飯を食えないだのそんな小さなことで悩んでいるのは甘えだろう。

話しは少しとぶが今時間は2時10分。この時間まで飯を食っていない。以前はこんな感じの生活をしていたこともある。完全なる一日一食生活。慣れれば意外とやれた。しかし父親のせいでとなるとイラついてしまう。俺はエゴが強い。自分のせいじゃないと嫌なのだ。ましてやにっくき父親のせいともなるとイラつく。しかしまあそれも甘えなんだろう。分かっている。というか分かるべきだ。