パンツを着替えない父親に思うこと

毎日毎日父親の尿の臭いを我慢して生活している。

彼は風呂やシャワーはおろか下着も着替えない。なかでもパンツを着替えないというのが一番ヤバい。たぶん尿の臭いはこれが原因だと思われる。

ちなみに、どうやら彼は尿とりパッドを購入しており、それは定期的に取り換えているようだ。“だからパンツは着替えなくてもいい”と考えているのかもしれない。しかし彼のいる部屋、いた部屋はいつも尿の臭いが充満している。当然、すれ違うだけでも臭いはする。狭い家なので彼を避けて生活するのは無理だ。つらい。

気の毒なのが母で、寝室が彼と同じ部屋なのだ。よく寝れるなと思う。母曰く「寝てしまえば分からない」とのこと。逞しいといえば逞しいのかもしれない。ただ、そんな我慢強い母も、どうにも耐えれなくなるときがあるらしく、ときおり思い出したかのようにぼやいてることがある。臭いがつらいと。どうにかならないかと。

しかし母のほうから彼に直接言ったところで彼は絶対に聞かない。例えば我慢強い母もどうにも耐えれなくなってきて稀に彼に直接「とりあえずパンツだけでも着替えてほしい」などと言ってしまうことがある。すると彼は発狂したかのように怒り出す。ちなみにその会話を傍から聞いていると驚くほど噛み合っていない。彼は話が通じないのだ。母はけっしておかしなことは言っていない。彼が気が狂ってるのかと思うほどおかしなことを言っている。

実際に気が狂っている部分もあるのだろうが、思うに、彼は人を錯乱させる能力に長けていて、それは彼が彼のこれまで人生のどこかで自ら身に着けたものと思われる。怒鳴れば黙る人間がいる、嘘をついても真に受ける人間がいる、どんなにバカげた詭弁でも通用する人間がいる、それらの邪悪な成功体験から学び、自分なりに技術をあみだしてきたのだろう。そのターゲットはもっぱら母や少年時代の俺だったわけだが。

話が若干それてきたな、尿の臭いの件に話題を戻そう。彼の話を書くと次から次へと愚痴が浮かんでくるから困る。

今日、というか先ほどなのだが、今日も台所に入った瞬間尿の臭いがした。思わず、しかし心を落ち着かせて冷静に、「パンツをこの袋に入れてほしい」と俺は言った。「すぐに脱げない理由があるのなら、今日じゃなくてもいい、明日でも明後日でもいいから」という条件も添えて。

彼は「臭いってか!」とキレだした。

しょうがなく「尿の臭いが部屋中に充満してるから」と言うと、「はいはい!臭い臭い臭い!!」などと言い出す。話にならない。

挙句の果てに、「一つだけ言っとく、『温故知新』、はい、終わり、これで理解できないのなら知らん」などと言い出す始末。まあ多分、要するに自分のほうが年配者なんだから自分が正しいみたいな感じのことが言いたいのだろう。

しかしあれだな、彼はこちらが話ができなくなるように持っていくのだけは巧いな。悪い意味で巧い。まさに先ほど書いた人を錯乱させる能力に長けている。

そしてもちろん結局脱がなかった。

前回着替えてくれたのいつだっけ。2ヵ月以上前だと思う。前回は大喧嘩して無理矢理着替えさせた。今はもうその体力はない。てか毎回あんなことできん。

どうしたらいいんだろな。

ちなみに、風呂やシャワーを嫌がる高齢の家族にどう対応すればいいか?についてネット検索などすると、“理由を聞いてみる”などとよく書かれている。

しかしまあ実際には無理なんだよな。

うちの場合はパンツすら脱ごうとしないわけだが、その理由を優しく聞こうとしたところで、全く関係ない話をしだす、無視される、などで会話にすらならないのだ。ちなみに先ほどは、聞こうとしたら温故知新の話をしだした。聴きたくもない話は延々と何時間でもしゃべるくせに話してほしいことは一切話そうとしない。露骨な無視もしばしば。

おそらくパンツを脱げないのには何らかの強い拘りがあり、それを話したところで相手(俺や母)は納得しない、あるいは理解しない、と踏んでいるのだろう。

まあ、こちらとしては最早お手上げ状態である。

ところで、こういった話を書くとTwitterやブログコメントでは「お父さんは認知症だと思います」などとよく言われる。

確かにその可能性は大いにあると思う。

しかし彼は病院に行かない。行くわけがない。無理やり縛り付けて連れていくでもしないかぎり。彼の場合、言葉でどうこうの説得はもう絶対に無理だと思う。ちなみに彼は医療不信、というか近代医療に対する否定や嘲笑などの態度をたびたび示している。一時期は近藤誠医師にハマっていたりもしていた。おそらく、病気や手術、過酷な治療への強い恐怖があり、その裏返しだと思われるが。

また、昔から彼と接してきた俺としては、昔から彼はおかしかったのだ。確かに今は老化によって認知能力が下がってきている部分はある、しかし昔から彼はバカだった。そして昔と今では迫力が違った。昔のほうが迫力のあるバカだった。ここまで彼の性質として、怒鳴る、嘘をつく、詭弁を並べる、無視をする、と書いてきたが、昔は怒鳴るの割合が多かった。俺が子供の頃にまでさかのぼると、ときに暴力、暴力を振るうふりをする、などもあった。そして今と同様にバカげた拘りを持っていて自分勝手だった。例えば、私物で家のスペースを占領したり、一方で家族の私物は平気で捨てたり、間違った食への拘りであわや家族全員が健康被害になりかけたり、数えきれない。というか彼の行動でまともな行動を見つけるほうが難しいくらいだ。

そして今の彼は社会とのつながりが皆無で兄弟とすら会おうとしないので、そのバカげた拘りと自分勝手さがさらに悪化したのでは、と思ったりする。一方で迫力はなくなった。二回りほど体は小さくしぼみ、昔は俺に対しても高圧的で傍若無人だったが、今は俺に対してはビビっている感じがする。いや、間違いなくビビっている。どう頑張っても勝てないから。昔のように徹底的に精神をへし折って従わせることも、もうできないと諦めている模様。だからその点では昔よりもマシになったのでは、今の尿の臭いをもってしても、総合すると昔の方が酷かった、そのように感じたりもする。