父親は動物的

以前も書いたが父親は夜中に急に出かけることがある。母親が気付いて「こんな時間に何処にいくの」なんて聞こうものなら剣幕で「ダメなのか!」などと怒鳴る。咎めているわけでなく、やんわりと聞いただけでそうなる。しかし、彼は母親が遅くまで働いて夜中にテレビを見ていたりすると「こんな時間に何してんだ!」と怒鳴ったりもする。老骨に鞭打って夜まで働いてたのだから夜中にひっそり息抜きぐらいさせてあげろよ、もっと遅い時間に酒買って飲んでるアンタはどうなるんだよ…などと思ったりする。

自分のことを棚に上げてしまうことは誰にでもあるだろう。しかし彼についてはそれが極端すぎる。滑稽にもほどがある。

これも認知症の症状なのだろうか、などと思うのだが、昔からずっとこうなんだよな。まあこれにかぎらずなのだが、認知症なのか、元々の性格なのか、アル中なのか、彼の行動がどこからくるものなのか最近よくわからなくなってきている。

ちなみに俺が夜更かししていても彼は何も言わない。というか言えない。俺にビビっているから。ちなみに、俺が彼より弱かったころはやはり異常に厳しかった。夜更かしにかぎらず、今考えるとどーでもいいようなことでしょっちゅう彼の剣幕と長時間の説教があった。例えば言葉遣いだとか、服装だとか、ディズニーのカレンダーが幼稚だとか、脚を組んで座るなだとか。しかし今となっては殆ど何も言ってこなくなった。昼夜逆転しようが何しようが。

ところで、叱る、注意する、干渉する、といった行動には2つの目的がある。ひとつは相手に良くなってほしいから。例えば親が子に対してする場合なら子が将来幸せになってほしいという思いからする。要は思いやりからくるものといえる。もうひとつはストレス解消のためにする。例えば自尊心を保つためのマウントであったり、自身の疲労抑うつ、不安などへの鬱憤晴らしであったりする。

これらは両方が混じり合っている場合もある。というか殆どがそうかもしれない。それぞれの濃度は人や場合によって様々だが、後者の濃度が大きいにもかかわらず自分はすべて前者のつもりでやっていると本人は思い込んでいたりすることも多い。そりゃ人は自分を正当化したがるからな。これは決して憂さ晴らしなどではなく、相手のためを思い、思いやりでやっている、と。そのように表層的な内心はいくらでも操作できるわけだ、さらに内心なので誰にもバレない、だからいくらでも正当化できる。

しかしまあ、冒頭に書いた父親は完全に純粋に後者だと思われる。当然彼は前者でやっていると言い張るだろうが。そして俺が彼より弱かったころ彼が俺にやっていたのも後者の濃度が非常に高かったんだろうなと今考えると思う。

なんというか、動物的だなあと思ったりもするんだよな。自分のストレスを失くしたい、相手が自分より強いか弱いか、弱いと徹底的にやる、自分より強く反撃されるならやらない、バレるかバレないか、損か得か…彼の行動原理こういったものばかり。まるで動物だなと。

まあ俺もそういうところあるか。