合理的に選ぶ頭もなければサイコロを振る気概もない

7時半ごろ布団に入り18時ごろ布団から出た。今日もスマホを持ち込んでしまったので寝付くまでにかなり時間がかかってしまった。

そして起きてからも、いつも通りの一日だった。怠惰で停滞した一日、前進できない一日だった。

そんな一日をこと細かくここに書いたところで意味もないし、というかもうメンドクサイので、今日ツイッターでつぶやいた内容をここにも書いてみるシリーズをやろうと思う。

 

以下、今日ツイッターでつぶやいた内容。

 

先ほど深夜散歩をしていてふと思ったことなのだが、俺は選択肢を多く持とうとしすぎてしまう癖があると気づいた。

『選択肢は多ければ多いほどいい』という無意識の思い込みがあって、それに基づいて、延々と選べない状況を自分から作ってしまうきらいがあるのだ。それで、何も手が付かない、前進できない、何も実らない、そんな状況をいつも自分から作ってきた。

最近だと病院選び、若いころだと志望大学選び、などがそうだった。大学受験のとき、詳細はここには書かないが、志望校や志望学部選びの時点で俺はかなりバカなムーブをしていた。簡単にいうと(学力も能力も低い癖に、欲深くも)あらゆる可能性を考え、選択肢を異常に増やし続け、選べない状態だった。その後悔が今でもある。それなのにだ、それなのに今現在は病院選びを延々とやっている。選べない状態に陥っている。もはや何ヵ月もへたすれば何年もやっている。肛門の調子が悪い、どこの病院に行くべきかと。

自分なりに調査してある程度熟考すれば、期待の80~120%が望めそうな選択肢が複数出てくる。その中から合理的に一番いいと確信できるものを選ぶことができればそれほど満足なことはない。それを目指すべきではある。しかし、それができずに何日も何週間も何ヵ月も悩み続ける。それであらゆる機会を失ったり状況は悪化していく。だったら、サイコロでも振ってでも取り敢えずてきとーに選んでしまった方がいいだろう。それで取り敢えずてきとーに進んでしまった方がいいだろう。命にかかわることなどあまりに重大すぎることだとなかなかそれも難しかったりもするんだけどさ。

まあでも、とりあえず80%~120%以上の選択肢が複数あるのなら、これでいいはずなんだよ。命にかかわるような相当大きなことでもないかぎり。なんなら、悩んで過ぎていく時間との兼ね合いも考えると相当大きなことであっても取り敢えず選んだ方がいいに決まってるんだよ。小さいことならなおさらすぐにでも取り敢えず選んだ方がいい。とにかく、10%とか20%とか、はたまた50%でさえないわけなんだから、80%~120%という最低限の(というかある意味十分な)期待はもうすでに望める状態であるのなら、あとは時間との勝負なわけで。

しかしあれだ…俺はそのような状態であっても、合理的に一番いい選択肢を選ぶ能力もなければ、潔くサイコロを振ってとりあえず進む勇気や起点がないのだ。そのまま何日も何週間も何ヵ月も何年も悩んだりする。バカみたいに。あるいは酷いことに選択肢をさらに増やす方向に進もうとしていたりする。それでさらに拗れたりする。

ダメダメ君なんですわ。