昔、若者の問題についてスタジオで語り合うテレビ番組があった。
問題を抱えている若者代表として、暴走族とメンヘラ男子がゲストに迎えられていた。
メンヘラ男子が登場したとき「○○君はいつも死にたいと思っていて…」とナレーションが入ったが、そのとき暴走族が「じゃあてめぇなんでここ来るとき車に飛び込んで死ななかったんだよ!カッコつけんじゃねえぞコラ!」と言った。
するとメンヘラ男子は怒って暴走族に向かっていこうとした。隣に居たメンヘラ彼女がそれを制止していたが、暴走族もイラッときたのかメンヘラ男子へ向かっていった。
一触即発状態。大勢のスタッフが止めに出てきた。すると暴走族の仲間たちも乱入してきて、スタジオは大乱闘お祭り騒ぎになっていた。
ところで、今Twitterを開くと死にたい死にたいと言う人がたくさんいる。
Twitterで底辺やメンヘラを自称しているアカウントをフォローしていくと胸焼けするほどそういうツイートが流れてくる。
そういえば最近人気の歌手の唄に「死にたい奴はみんな友達」というフレーズもあった。
ここ5年ぐらいで死にたいと言う人が増えた気がする。もともと居たのがただ可視化されるようになっただけなのか、あるいは一種のブームのようになっているのか。
俺も引きこもりになって気分が沈んでいるとき「あそこから飛び降りたら痛みを感じる前に死ねるかなあ」なんて考えることはある。
でも、ちょっとした体調不良なんかが起こると凄く自分の体が心配になったりもする。
例えば目の前に“楽に死ねるボタン”があっても押せないだろう。
だから俺は別に死にたいとは思っていない。今の状況がつらい、どうにかしたい、沢山の後悔がある、不安だ、と思ってるだけだ。
だから死にたい死にたいと連呼する人に気持ちは分かるようで、分からない。
単純に、生き辛いとか、死にたいと言いたくなるほど心が疲弊していることを主張したい、という人の気持ちは分かるかもしれないが、"楽に死ねるボタン"があれば是非すぐにでも押したいと思っている人の気持ちは分からない。