9月10日からずっと書いてなかったので、9月10日から今日現在までにあったことを大まかにざっと書こうと思う。
例の飲食系の日雇い現場の募集のある日はそこに入って、それ以外の日は家の整理などをしようと思いつつ何もやらないまま一日が終わる、みたいな日々を送っていた。
21日から25日まではアイドルのライブを見るために東京遠征に行った。遠征中、耳から黴菌が入って体調を崩して、けっこうピンチだった。
しかし後半は回復して、新たに若いヲタクの人に話しかけていただいて飯に行くなどできた。嬉しかった。と同時に真人間になりたいと思うなどした。
遠征最終日には、少しでも真人間になるべく、例の飲食の現場とは違う日雇い現場に応募するなどした。少しずつステップアップせねばと。
25日早朝に家に帰ると、慌ただしくその日から日雇いに行った。俺にしてはかなりハードなスケジュール。
27日は先ほど書いた遠征最終日に応募した初の肉体労働系の現場に入った。しかしこの日あたりからまた体調を崩してしまい、かなりしんどかった。
しかしまあ、後ろの日程にも日雇いの応募がけっこう決まっていて、休むともう呼んでもらえないかもしれないので、その後も休まず働いた。
体調不良の原因として、疲れがたまっていたのか?まだ遠征のときの黴菌が残っていたのか?などと考えていたが、29日あたりから喉も痛くなって鼻水も出てきたので、風邪?コロナ?あたりを疑いだした。長い引きこもり生活でコロナには一度も感染しなかったので、俺もようやくか…などと思った。
ちなみに、27日には父親の救急車騒動がまたあった。これで2回目。どうも長年放置していた脱腸が原因で頻繁に腹痛が起こっているらしい。一時緊急手術かという状態だったが、医者が押し込んでこの日は元に戻ったらしい。それで朝帰ってきた。
このあたりから母親も体調を崩し、抗体検査をするとコロナ発覚。そこで、あーたぶん俺もコロナか、と思った。俺が東京から持って帰ってきたのか、もしくは母親の職場で流行ってるらしくそれが移ったのか。
で、昨日10月3日も日雇いがあったのだが、帰りに母親から電話があり、また父親が苦しんでいるとのこと。薬を買って帰ってきてくれと言われたが、救急車を呼ぶように言った。薬でどうにかなるとは思えなかったので。これで救急車騒動は3回目となった。
やはりまた脱腸が原因のようで緊急手術と入院の話が出てきた。また、この時点で父親もコロナが発覚。10日ほど入院して、脱腸の手術、という流れが決定となった。
しかし今日、話は一転して、父親が帰ってくることになった。どうも今朝、勝手に家に帰ろうとして転んで頭を打ったらしい。なぜ手術もせず早期退院となったかは、病院側が説明する理由は曖昧だが、まあ多分、置いときたくなかったんじゃないかなと。めんどくさそうな患者を。
で、今後の流れとしては、15日にまた入院してそこで手術するとのこと。しかしまあ懸念事項があって、それは父親がゴネないかということ。いや、絶対ゴネるな、手術なんて殺される!お前らは分かってない!と叫ぶなどするんじゃなかろうか。だからもう今回そのまま手術してほしかったんだよな。
しかも15日は俺はまた東京遠征の予定なんだよな。しかしまあ、ゴネる父親と戦うために東京遠征キャンセルとかぜったい嫌なので、ここは母親に任せて、東京はそのまま行くことにする。それでもし土壇場で15日の入院拒否となれば、また後日腹痛で救急車呼んで緊急手術になるだけの話。本人の自業自得。
母親だけが心配、母だってもう70代半ばで老骨に鞭打ってる。まあ離婚してないのが悪いともいえるが。こんなモンスターと。
あと気になることがあって、27日の体調不良がコロナだとしたらもうそろそろ治るころなのだが、ここ2、3日また全身の疲労感が増してるんだよな。後遺症とかじゃねーよな。
疲労、頑張らなきゃという気持ち、逃げたい気持ち、責任感、罪悪感、色々と入り乱れてシンドイがなんとかやっていかないと…