なんか日が空くとブログ書くの面倒になるな。なんか、書くための筋力が低下するというか。ちょっとした言い訳をしてしまい、書く気が失せるというか。例えば、本当に書きたいことはエネルギーがいるので書けないが、まあ、気軽なことは書けるわけで、しかし、本当に書きたいことを書かないのなら、それ以外を書く価値はあるのだろうか?などと考えてしまい、そして、そういうこと考えだすと書かなくなるわけだ。これに限らず、無数にある、あれやこれやと沸いてくる言い訳。それらに簡単に流されて、やらなくなるわけだ。まあ、これは何事においても同じだな、労働でも、人とのコミュニケーションでも、なんならXにポストするもの、しばらくやってないとやる気を失くす。まあXのポストなんかは別にやらなくてもいいことではあるんだがな。
今日も例の物流倉庫に行ってきた。
あれだ、無線を持たせてもらえないんだよな。いや、めんどくさいし持ちたくもないんだがな。でもなんか悔しいんだよな。というか、不安になるというか。
まあ、説明すると、無線ってのは責任者やら管理者クラスの人たちにいつでもアクセスできるツールだ。そして、無線を持っていると、他の無線を持っている誰かと誰かの会話は全部聞こえるし、自分が何か報告や相談したいことがあればすぐにできる。しかし、とうぜん、その際に話したことも無線を持っている人全員に聞こえるわけだ。
なんで俺は持たせてもらえないかというと、まあ、信頼されてないんだろうな。いや、もっと正確にいうと、コミュニケーション能力において、こいつはダメだな、と思われている気がする。いや、もちろん切っ掛けなどもあるのだろうが、たまたま、切っ掛けがなかったとか。でも、確実にあると思うな、信頼されてないという部分も。なんせ俺よりも仕事を覚えていない人間が無線を持ってたりするから。作業の速さ、正確さ、真面目さ、ここら辺は徐々に信頼されていってる気はする。しかし、コミュ力においては、こいつは頼りないと思われてる気がするんだ。そこが悔しいわけだ。そもそも俺はコミュ障なわけだが、だからこそそれがコンプレックスでもあり、このままではヤバいと不安に思ったりもするわけだ。なんせ仕事において、いや、生きていくうえでコミュニケーション能力が最も便利且つ強力だと思うんだわ。逆にそれがないと不便で弱い。だから不安になるわけだ。
まあ、適材適所でやってるんだとは思う。こいつには作業は色々任せられるけど、無線持たせるのは違うよな…とか。しかしまあ、その内、無線持たせてもらいたいんだよな。いや、ほんとは持ちたくないぞ、面倒くさいから。しんどいし。でも、自分にもできる、ということを確認したいんだよな。そうしないと不安になる。