6時ごろ布団に入り、9時ごろ布団から出て、すぐに母親を職場へと送迎し、帰りはガソリンスタンドとドラッグストアによって、帰ると父親と一悶着してから例の飲食の日雇いに『今日行きます』の電話をして、電話口の料理長が何だかいつもに比べ冷たいような気がして少し気になりつつも、仮眠をとって、昼下がりに起きて急いで用意をして家を出た。
仕事はいつも通りだった。ところで、たった3時間なのだが例の物流の日雇いに比べ体感時間が長く感じるな。飲食の3時間は物流の5時間よりも長く感じるかもしれん。たぶん飲食は時間によって仕事内容が変わるからだろな。3時間の中でも仕込み、配膳、洗い場、片付け、と変化していく。物流はピッキングならずっとピッキング、梱包作業だとずっと梱包作業、と数時間ずっと同じ作業だけするから。しかしあれだな、相変わらず飲食の日雇いは心が和むな。べつに仕事が好きだとか、従業員とよく話すとか仲いいとかそういうわけではないのだがな。愛着が沸いてる。だからいつか終わるのが寂しい。まあ和むといっても、たった3時間といっても、120%で本気でやるわけだがな。
そして21時半ごろ家に帰り、風呂に入るなどして、相変わらず父親とはいざこざが絶えず、今これを書いている。今時間は1時4分。明日も飲食。