ブログサボりすぎた。なんで書けなかったかというと、書きたいことが多くて逆に書けなかった。あと、まあ言い訳すると、父親のせいだな。なんか父親が居る状況で書くと強迫観念が出てきて、書いたものが汚染されたような感覚になってフリーズする。
しかしまあ、このままだと永遠に書かなくなりそうなので、頑張って書く。
あれだ、アイドルのライブを観るため東京に行ってきた。3月28日の夜に家を出て、29日、30日と滞在して、31日の朝に帰ってきた。
まあアイドルというのは、このブログでもおなじみのビーバイユーというグループのことなのだが、30日はメンバーの愛洲澪の卒業ライブで、29日はその前日の通常ライブだった。
しかしまあ今回の東京遠征はなかなか濃かった。帰ってきて数日経つが、ふとしたとき、未だにしんみりする。まるで良い映画を見たような感覚かもしれない。十年に一本あるかどうかの名作。十万円払ってでも見たいような名作。
実は、その前の週もライブを観に東京に行ってきた。そのときの話から書いていこうと思う。
3月22日に東京遠征に行ったときのこと。
この時点で、もう愛洲澪と会えるのはこの日のライブ2本と、次週の2本の計4回だけだった。しかしまあ、特典会ではいつもどおり取り留めのない会話をしていた。まるで、あともう一週間で卒業して会えなくなるなんて事実はないかのように。
愛洲澪はいつも会話を途切れさせないように隙間を埋めるように喋りつづけてくれる。まあ、俺がいつも“緊張するから”という言い訳をして、会話を丸投げしているから。
しかしこのときは、ふと、会話が途切れた瞬間があった。いつものように取り留めのない世間話をしていたが、まだもう少し制限時間は残っていて、そんなとき珍しく愛洲澪が会話の空間をあけたのだ。その間、こちらが何かを言うのを待っているようだった。しかし俺は何も言えなかった。愛洲澪は少し呆れたような顔で「もぉー」と言った。
その後、永久つむぎとも話したのだが、そのことを指摘された。おお、見てたのか(笑)
俺はダメだなあ、と思った。いろいろ言いたいことはあって、ある程度そのことは決めていたのだが、言えなかった。
そして次の週、つまり3月29日のライブと、30日の卒業ライブ。とうぜん、それぞれの特典会でも愛洲澪と話しに行った。
29日、また取り留めのない世間話をしていた。それも悪くないなと思った。しかし、そのとき愛洲澪が「ねぇ、またお茶の話してるね…」と言った。そこで流れが変わった。
俺「まぁ、しんみりしない方がいいのかなと思って…」愛洲澪「泣いちゃわないでよw」俺「泣かへんよw」
そこからだな、なんか言いたかったこと、だいたい言えた。もちろん全部ではないが。とにかく感謝が伝えたかったので、それが言えたのが良かった。
てか最後まで会話をリードしてくれた愛洲澪だったな。有能だな。これについても感謝しかない。一番恐れていたことは伝えたいことが何も伝えれずに最後を迎えてしまうことだったので。
30日、先に書いたようにこの日は卒業ライブ、つまり最後の最後。
まずライブについてだが、昨年6月に初めてビーバイユーのライブを観たときと同じぐらいの感動があった。ただベクトルは少し違った。卒業を見送るメンバーとグループ運営、ファンによる、愛洲澪の最後の花道を皆で盛り上げ、良いものにしよう、という強い意志が会場全体に広がっていた。そして愛洲澪もそれに応えており、というか、それのら意志をしのぐほどに、受け止め応えてくれており、そんな双方の優しさによって成り立っていた。別れの切なさと、優しさに包まれているような心地よさが同居した、なんとも言えない空間だった。
そして特典会は、愛洲澪の列にはおそらく過去最高の数の人が並んでいた。まあこれはだいたい分かってはいたがな。だから前日に話しておいてよかった。でも、名残惜しくて、できるだけ話したいなと思って、その列に並んだ。二回話せた。一回目は血液型の話。ずっと非公開だったので教えてもらった。実は22日のときに当てにいって、最後に答え教えてあげる、と言われていた件。二回目は何話したっけな、これで最後だね、みたいな。でも一番覚えてるのは、最後の最後に、ちょっと普段言わないようなこと教えてくれたこと。とても意外なことだった。ちょっと深い部分を知れたようで嬉しかった。最後の最後にそういうサービスしてくれるんだな。あと、いつも特典会のとき、会話が終わって別れ際にありがとうって言うのだが、このときは少し暗い感じに言ってしまった。ここが少し心残りだった。そのことを諸星めあに話したら、「大丈夫でしょw伝わってるよ、まぁ、澪に言っといてあげるよw」と言っていた。

あともうひとつ、関係ないのだが、ヲタクの人との交流もあって、印象に残ってるというか、珍しくライブ後にヲタクの人と一緒にご飯食べに行ったのだが、俺持ち前の時間管理の下手さからか、気が付いたら帰りの夜行バスに間に合わなくなりそうになってたんだよな。そしたら、バス停最寄りまでの最早の電車調べてくれて、なんと、乗り換えや道案内のため、一緒にバス停まで来てくれたんだよな。ありがたかった。