引きこもりを脱出できた要因の一つ

さっきYouTubeで元引きこもりの人のドキュメント動画を見ていたのだが、あれだな、思うに、引きこもりを脱出できるかどうかってのは遺伝と運だな。ちなみにその人は「死にたい死にたいと思っていた」とか言ってたが、根底には死にたいじゃなくて『引きこもりを脱出したい』という闘志があったんだろう。それすらも完全に消えていたら無理だと思うな。あと、元々それを成し遂げるだけの知能とメンタルがあったんだろう。まあこれについては各々が試してみないと分からないがな。だからまあ根底に闘志があるかどうかが第一条件だろう。微かにでも、今にも消えそうでも、いいから。

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少し話は変わるんだけどさ、引きこもりを脱出できた切っ掛けみたいなのを思い出した。いや、俺は今これで、引きこもり脱出できてんのか?みたいな疑問は残るんだけどさ。まあ日雇いでもいいから、就労に漕ぎ着けれた切っ掛けだな。6月21日に8年ぶりに一歩踏み出せた一つの切っ掛けというか、要因というか、あれがけっこう効いていたなというのがある。

あれだ、6月8日に車が動かなくなっちゃってJAFを呼んだんだよな。たしか夜けっこう遅めの時間だったな。そのときにJAFの人が気さくに話しかけてきたんだよな。50歳ぐらいのおっちゃんだったと思う。べつに修理だけやってサクッと帰ればいいんだけど、なんかけっこう話しかけてきた。

で、俺もけっこうそれに対して気さくというか、それなりに愛想よく対応できたんだよな。もともとそういうの苦手なタイプで、引きこもる前からテンパることが多かったんだけどさ。だからさ、8年も引きこもってたわけだから、俺はもうそういう会話は一切できないぐらいにコミュ障が重症になってんだろうな、って思ってたわけよ。でも、それなりに会話ができた。

それに、そもそも、まあ、おっちゃんも暇というか夜間一人でロードサービスに走り回ってるので、ここで一休みして話し相手がほしかったのかもしれん、あるいはそういう愛想も含めたサービスなのかもしれんが、しかし思うに、たぶん俺がマトモそうだから、気さくに話しかけてきたんだと思うんだよな。ちなみにJAFが到着したとき、俺は走ってその場まで行った、息を切らしながら、どうもよく来てくれましたー、みたいな感じで。そこで、ああこいつはいい奴そうだな、と思ってくれて、そうやって気さくに話してくれたのかもしれん。

それで、俺は、ああ大丈夫かもしれん、と思った。もう人とマトモに、相手を不快にさせず、特段不審にも思われず、普通のコミュニケーションをとることが俺には無理だと思っていた、ところが、ある程度できたのだ。それで“いけるかも”と思えた。

まあ、実際には今通ってる日雇い現場では、コミュ障発揮しまくりで、パートさんや社員さんに気を遣わせちゃってるんだけどな。

しかしまあ、このときのJAFのおっちゃんが気さくに話しかけてくれたこと、たぶんこれは俺がマトモそうに見えたからだろう、そしてある程度それに対応できたこと、これが自信になって、踏み出すための力になったのはあると思う。