感情を言語化する意味ってないよな

起きたのは21時ごろ。

夕方とかに何度か目覚めたのだが父親が居ると台所に行くのが嫌なので起きる気が起きない。

20時ごろにも目覚めたな。台所からちょうど父親が移動していたようだ。しかし父親のせいで台所に行けないということを認めたくなかったので父親が居なくても台所には行かないという選択をしてみた。

結局は心の中で言い訳をこねくり回している気もする。

そういえば昨日は母親に暴言を吐いてしまった罪悪感からかアルバイトの求人サイトを見ていた。少額でも自分で働いて稼げるようになりたい。少しでも親の精神的負担を減らしたい。

しかし今日になるとその気持ちは徐々に薄れているような気はする。罪悪感はまだ濃いめに残っているとは思うのだが、昨日ほどではない。こうやってまた過ちを繰り返すのだろうか。

この罪悪感が残っている間にさっさと一歩踏み出さなきゃいけないんだろうな…

21時ごろ起きてから台所は余裕で空いていたのだが飯は食わなかった。これも何となく父親に左右されている自分が嫌だったので敢えてみたいなところもある。あとは単純に腹もそんなに減っていなかったのかもしれん。

感情を言語化するってのは本当に意味がないな。書いている俺にとっても意味がないし、これを読んでいる人にとっても意味がない。なぜなら何とでもいえるから。今日起きてすぐに飯を食わなかったのは、父親に左右されるのが嫌だったからなのか、ただ腹がそんなに減っていなかったからなのか、そんなもんは俺自身にも分からない。たとえい自分自身に対してでも感情を言葉で表現しようとするといくらでも詐称できてしまうる。無意識にやってしまい一生気付かなかったりするのでタチが悪い。

と言いつつ書くわけだが。

飯を食わずにいつものようにPCのある部屋に行って無意味な作業をしていた。

糞をしてダラダラと風呂に入って。またPCの前に来て今これを書いている。時間は3時44分。うわっ不吉な数字だなあ。これは曝露反応妨害。

この後の予定としては急いで24時間営業のスーパーに行って水とピルクルを買う。以前ピルクルが切れても深夜メンドクサくて買いに行かなかったせいでピルクル禁断症状が出てしまったので。

今日は読み返しも推敲も一切なしで。